2002年桜桃忌レポート

三鷹に引っ越してきてはじめての桜桃忌。
昨年までは京都から深夜バスで来ていたので、桜桃忌=旅、だったのに今年はチャリで禅林寺まで行けてしまうという
嬉しいのか嬉しくないのか複雑な心境だった。
とりあえずは雨がしとしとと降り、あじさいの色が際立つ日になれば、と願っていたのに
6月19日の三鷹の空は超快晴。少し残念だったけど前日になんともいいかんじで雨が降ってくれていたので良しとする。
歯を磨いて、桜桃柄のシャツに腕を通して、店に向かう。
本来だったら水曜日はお店の定休日だけれど、桜桃忌は11時から13時、16時から21時に限り開店することにした。
ガラス面(外から本が見える)をすべて太宰本にして、あとはさくらんぼの用意。
この日に来てくださったお客さんには桜桃をふるまおうと1パック買ってきて小皿の上にのせた。
「さくらんぼ、よろしかったらどうぞ 太宰のように(桜桃より)まずそうに食べて下さってもおっけーです。」
とひとこと紙に書いてお皿の前に貼っておいた。
毎日新聞の方が朝刊を届けに来てくださった。
「今日は桜桃忌」という太宰治のコーナーをつくるのでお店の広告を載せませんか?と来店されたのがついこの間、
企画なくなるかも、とか言われていたのがやっとカタチになり、うちのお店も掲載されることになったこの新聞を、ずっととっておくことでしょう。
13時に店をいったん閉め、RR君と一緒に禅林寺に向かう。
ちなみに3年前の桜桃忌、同じく深夜バスで松山から来ていた彼と、京都から深夜バスで来ていた私は
はじめて顔を合わせたのでした。 しかもちょうど太宰の墓前で。
早朝に新宿についてマックとかで朝ごはんを食べ、それでもどこもまだシャッターが閉まっているので中央線で
三鷹に来て禅林寺に直行するしかないのでした。まだ三鷹駅にスタバなどなかったし・・
(ちなみにデイリーズカフェもフレッシュネスもまだない。ごきゅう書店はずーっと前からありますけどね)
しばらく禅林寺にふたりっきりだったな・・あの朝がなければ「フォスフォレッセンス」はなかったのかも・・
とかいろいろ思いをめぐらせているうちにお知り合いの方が到着。
14時が近づき、墓前へ向かう。  大きな白百合にはっとする。
人だかりができている。さっきはそんなに今年は人がいないかな?と感じていたけど6月19日、14時になると
どこからともなく人が湧いてくる。不思議・・
なぜか映画「ピカレスク」のチラシの束が2種類重ねてある。ご自由にお持ちください、というかんじで・
(「ピカレスク」のチラシは、テレビカメラをかかえたスタッフらしき方が最後にちゃんとしまわれてました。)
昨年、森鴎外のお墓にロープが張られていたのがとても気になっていたのだけれど、今年はロープはなかった。
読経がはじまり、静けさに包まれる。
その後、ひとりひとり手を合わせる。これが今年はすぐにすんだ。昨年まではこの順番待ちが長かったのに
集会(太宰のことなど自由に発表できる)が14時15分から、ということでその時間には講堂で座っていよう、と調整された方が多かったのかな?
私は、ここに来る時はいつもひとり、と決めていて、また近いうちに来るつもりでいるので、とそっと手を合わせた。
6月19日にここで手を合わせるのが桜桃忌、なのだから毎年来ている。太宰の誕生日でもあるのでやはり意味のある時間だと思うのです。
その後、講堂に行くともう集会がはじまっていました。 椅子が空いたすきにさっと座り込みました。←オバサンですね、私。
マイクを持って話していたのは、たしか昨年も何度も前に出ていた人では?と思いきや
会場側の若い女性が手をあげ、「自分の話ではなく太宰治の話を聞きに来てるんですけど。」と堂々とクレームを。
すると、後ろの方にいた年配の女性がパチパチと拍手をはじめ、皆も拍手、即刻退場、てな雰囲気で彼のお話はそこまで。
はじめから聞いとくんだった・・・どんな話だったのだろう
その後も何人か自由に手をあげて前に立ち、マイクを通して発表があったのですが、ちょっと話がずれすぎると
その女性が手をあげてキリッと斬ってました。最近はしっかりした若い女性がいて、私なんかほんとこういう部分持ってないので
羨ましいのですが、できればそんな女性の発表も聞いてみたかった。というのは昨年同様、女性の発表者がゼロだったのでなんか淋しいな
というのが正直な感想でした。じゃ、あなたがしなさいよって?いえ、やはりこういう場で商売の匂いをさせるのはどうか、と思うし
今、私が太宰のことで皆の前で発表できることってやはり「フォスフォレッセンス」のことにどうしてもつながってしまいますから
いや、使い分けれるくらいの技、身につくほど太宰のこと勉強していきたいですね。
「富岳百景」が一番好きだという男性、「心の王者」に影響されたという学生さん、名古屋から会社をさぼって来た方、一番遠いところでは愛媛から来られている人がいました。
何人かの発表の後、遅刻で到着された小野先生の登場。
私はこの方の「雀こ」を楽しみにしていました。ふだんは ゆっくりと話されるのだけど、この朗読がはじまると顔つきがさっと変わり、
例の「ずぉん」がお堂に鳴り響きました。 あ、桜桃忌の醍醐味・・・と感じていたのだけど、残念ながらお堂のすぐ外で雑談されている人の声が
大きくてあまりはっきりと聞き取れなかったのです。 例の後ろの方の年配の女性が「ちょっと静かにしてくださらない?」と注意しにいかれ、それからは大丈夫でしたが。
ちょっとした心がけだと思うのですが、注意されてはじめて「あ、私ったらなんてことを・・」って気づいた人もいると思うので、謝ってる人に向かって頭ごなしには
言えませんが、やはり最初から最後まで集中して聞きたかったです。
私も2年前の時とか、再会に興奮して声を高くあげてしまったりしてたかも・・本当に気をつけようと思います。
津軽訛りの言葉、私も覚えてみたい。フランス語よりも、イタリア語よりも、今 興味がある。
檀一雄の「小説太宰治」に、太宰と仲の良い女性がどこと云って風情があるわけでもないが、時々、例の津軽訛りで喋りあってるのはうらやましかった、という文がある。
それを読んでも思ったけれど私もいつかほんの少しでいいから理解したい。せめて津軽訛りを聞き取れるようになりたい。
朗読のあと、桜桃忌あてに届いたハガキのエピソードなどお話していただいた。その後、禅林寺の住職さん?が
「今年はサービスで30年代の桜桃忌の話をします。」とゆっくり口を開いた。
当時の桜桃忌の話、早稲田の学生が酔っ払って大変だった話、山岸外史が暴れまくった話、など
この「桜桃忌」はとくに案内状をどこかに出したり、お寺にHPがあるわけでもないし(そこでドッと笑いが)
でも6月19日になると自然に関係者がどこからともなくやってくるのです。と・・・
そのお話で集会は終わり。お堂では写真撮影禁止、ということですので来年以後行かれる方、お気をつけくださいね。
午後の店の営業があるので余韻に浸る間もなくお寺をあとにしたのですが、黒髪の女生徒と、ガクトに似た人がいたのがとても気になってます・・・。
ガクト似の方はRR君とキャラかぶってる気がした・・・あ、あとチェリー柄のシャツ着た若い男性をみつけひそかに嬉しかった。
お店に戻るともう太宰サイト関係のお知り合いが来ていてくださってました。ありがとうございます。
そこで太宰話したり、映画ピカレスクのページで予告編を見たり、楽しく過ごしました。って自分、店の人やろって(笑)
21時前、お皿に残った1つの茎からツインズになったさくらんぼを二人で半分こした。
甘酸っぱくておいしかったけど、主人はまずそうに食べていた。 やられた、と思った。OK。
お店を閉店した後、2次会のカラオケ会場へチャリで駆けつけ、みなさんと合流。とても楽しい時をすごしました。
私は桜桃忌にあわせてチェリー柄の服を着ていたのだけど、「いい歳なのに」と突っ込まれたり(笑)
いや、ほんとみなさん元気で、嬉しかった。
この日、誰にも気づかれないように玉川上水沿いの入水の場所と、さるすべりの木に触れに行ったのでした。
やっぱり6月19日の匂いというのがあって、今日中にどうしても行きたい場所だった。
2年前から桜桃忌レポート書いてるけど、いつも「ちゃんと太宰を読み直そう」と書いてる。
でも忙しさを言い訳に、あまり読み進められずにまた1年、の繰り返し。
そして2002年2月、「フォスフォレッセンス」オープンという大きな転機があったわけだけど
やっと環境が整った。今度こそ、今度こそ太宰を読み直そう 今度はホンモノです。
そしてこの場から何かが生み出せれば、本望だなと思うのです。
店では、太宰について多くの質問を受けるのでいいかげんではいけないと思うのです。
今年は本気です。 見ててくださいね みなさん、そして太宰さん

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